東京高等裁判所 平成10年(行コ)155号 判決 1999年3月25日
東京都目黒区中日黒三丁目二〇番九号
控訴人
井上和代
右訴訟代理人弁護士
服部邦彦
同
花﨑浜子
群馬県館林市仲町一一番一二号
被控訴人
館林税務署長 加茂晟一
右指定代理人
田中芳樹
同
赤池昭光
同
筒井清治
同
浦野勉
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が控訴人に対し平成五年九月三日付けでした昭和六三年三月一六日相続開始に係る相続税三四八万七〇〇〇円の決定処分及び無申告加算税五二万二〇〇〇円の賦課決定処分を取り消す。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文と同旨
第二事案の概要
本件の事案の概要は、以下のとおり当審における双方の主張を付加するほかは、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」のとおりである(ただし、原判決一一頁八行目の「(一)」を「(二)」と改め、同二〇頁六行目の「占有ある」を「占有する」と改める。)から、これを引用する(略語についても、以下、原判決と同様とする。)。
一 当審における控訴人の主張
1 原判決の事実認定の誤り
(一) 千代松の遺産分割協議について
原判決は、千代松の遺産分割協議について、千代松の遺言書に従い長男の田口寿雄(以下「寿雄」という。)の主導で行われたこと、右遺言書には、控訴人と三女奈良公代(以下「公代」という。)が五〇万円ずつ現金を取得するとされていたこと等を認定しているが、誤りである。
すなわち、千代松の遺言書などはそもそも存在しなかったのである。
寿雄及び三男田口文夫(以下「文夫」という。)が関東信越国税局の大蔵事務官に対し申述した内容についての聴取書(乙第九、一〇号証)には、右遺言書についての記載があるが、右両名は、本件不動産の所有権の所在に関し、控訴人とは利益相反関係にあり、本件について客観的で公平な立場にある者ではない。また、右聴取書は、内容的にも不自然な点が多い。まず、千代松は、晩年脳梗塞のために字が書けない状態であり、このような遺言書を作成することは不可能であったし、仮にそれ以前に遺言書が作成されていたなら、千代松が控訴人に遺産分割方法について口頭で指示してメモを取らせる必要などなかったのであり、不自然である。さらに、寿雄は、当初自分が右遺言書を保管していたが、トヨが入院する半年位前にトヨに貸し、その後トヨはどこへやったか分からないということだったと述べているが、千代松が死亡して二〇年余も経った後にトヨに遺言書を貸すということ自体が不自然であるし、トヨに貸したまま放置したというのも不自然である上、トヨが亡夫の遺言書をどこにやったか分からないなどということも常識的には考えられない。乙第九、一〇号証の右記載は到底信用できない。
以上のとおり、千代松の遺産分割は同人の遺言書に基づいてされたのではない。真実は、寿雄の強引な主張に押し切られる形でされ、控訴人がこれに同意する条件として、控訴人とトヨとの間で新宿不動産の持分の贈与契約等が締結されたのである。
(二) 本件不動産購入後の控訴人とトヨの生活状況について
原判決は、トヨが昭和四四年ころから本件不動産の二階で長女田口松江(以下「松江」という。)の長男らを引き取り、控訴人らと別世帯を営むようになったと認定するが、誤りである。控訴人の調停申立書(甲第一二号証)には、右認定に沿う旨の記載があるが、控訴人は、原審で供述するとおり、右調停申立時には精神的に不安定な状態にあり、右申立書には真実と異なる記載がされているのであって、真実は、松江の長男には控訴人が部屋を貸してやったのであり、松江の長女は本件不動産に居住したことはないのである。
また、原判決は、トヨが松江のもとに行ってから一、二年位したころ、文夫に対し、控訴人に本件不動産を与える約束をした覚えはないと述べ、逆に、控訴人に二〇〇〇万円位預けていると言ったと認定するが、誤りである。この点について、乙第九、一〇号証の聴取書には、寿雄及び文夫の陳述として、控訴人がその当時一八〇〇万円位は預かっていることを認め、文夫の要求に応じて、控訴人がその旨の文書を作成したとの、また、右文書は弁護士に預けたところ、弁護士がこれを処分してしまったとの記載がある。しかし、仮に右文書が存在したのであれば、トヨと控訴人との調停手続の際に書証として提出されたはずであるのに、右調停において、右文書が提出された事実はなく、交渉の過経で右金額が主張されたこともなく、かえって控訴人は、預り金の残額は約七〇〇万円であると回答しているのである。また、弁護士が預かった右文書を処分してしまったというのも、通常あり得ないことである。したがって、乙第九、一〇号証の右記載は、あまりに不自然で信用できないものである。
さらに、原判決は、寿雄が、昭和六三年八月ころ、他の兄弟を呼び集め、控訴人に遺産の三分の一を与える分割案を打診してみたところ、控訴人以外からは同意を得られたが、控訴人からは同意を得られなかったと認定するが、誤りである。乙第九、一〇号証には、右認定に沿う旨の記載があるが、相互に齟齬があり、いずれも信用できない。控訴人は、兄弟全員で集まって話し合ったことはないし、遺産の三分の一を与える分割案の打診を受けたこともないのである。
(三) 新宿不動産の持分二分の一の贈与について
原判決は、右贈与の事実について、控訴人の原審供述を裏付ける証拠がないため、右事実は、認められないと判示する。
しかしながら、右の点に関する控訴人の原審供述は極めて具体的であって、その内容も合理的である。すなわち、右贈与は、千代松の遺産分割に際して、寿雄があまりに強引な主張をし、他の兄弟もこれに同意して、不当な遺産分割をしようとしたことに対し、控訴人が法的手段に訴えてでも自己の相続分を守ろうとするのではないかと心配したトヨが、子供達が父親の遺産分割を巡って醜い相続争いをすることを何としても阻止しようと考え、控訴人に対し、自らの相続分の一部を相続後に贈与することを約束したものである。控訴人も母親のトヨに懇願され、これを振り切って法的手続に及ぶことを躊躇したもので、肉親の情として十分に理解できるところである。
そして、このような親子間の契約については、書面が作成されていなくてもやむを得ない。
右贈与については、千代松の遺産分割の際の寿雄の横暴に関する事情、生前の千代松と控訴人との関係、新宿不動産に控訴人の家族が入居した経緯等の長期間の様々の事情を総合的に勘案すれば、十分に合理性が認められるものである。
(四) 新宿不動産の売却と本件不動産の購入について
新宿不動産の売却と本件不動産の購入は、いずれもトヨ名義でされているが、実質的にはトヨと控訴人とが共同でしたものである。本件預金がトヨ名義とされたのは新宿不動産がトヨ名義であったためであり、本件不動産がトヨ名義とされたのは、不動産業者の忠告に従ったためである。
原判決は、甲第五号証、第二一号証の各陳述書の内容から、直ちに新宿不動産がトヨと控訴人の共有であったと推認することはできないとし、これら陳述書は本件売買の買主がトヨであるとの推定を妨げるものではないと判示する。しかしながら、右各陳述書には、トヨと控訴人とが共同で新宿不動産の売却手続を行い、その後の本件不動産の購入手続も同様に行っている事実の経過が明確に記載されている。これに前記の千代松の遺産相続の際の事情を考え併せれば、一連の手続はトヨと控訴人とが共同で行ったことを認めるべきである。
また、原判決は、トヨが「私は死んで家を持っていくわけではないから、お金のほうを貰う。」と述べたことにつき、措信し難いと判示し、その根拠の一つとして、トヨが望んで現金を取得したのであれば、新宿不動産の売却代金の残りがどう処理されたかについても、トヨと控訴人間で明らかになっていてしかるべきところ、控訴人は売却代金のうち一〇〇〇万円が差し引かれ、本件預金が四三〇〇万円となった経緯及びその後に本件預金がすべて引き出され、その後どうしたかについても把握していないことをあげる。しかしながら、原審における控訴人の尋問は、昭和四三年の本件売買から約三〇年が経過してされたことを軽視すべきではない。その上、実際に預金を引き出したりした当時は、トヨと控訴人とは極めて良好な親子関係のもとに生活していたのであるから、当事者間の口頭の合意のもとに預金を引き出したり、預け替えたりしていたことは容易に推測できる。控訴人は現在は忘れてしまっているだけで、処理当時はきちんと把握しており、トヨとの間でも十分に確認し合っていたのである。
また、原判決は、右根拠として、トヨが後に、文夫に対し、控訴人に二〇〇〇万円位預けている等と述べていることをあげる。しかし、トヨが右のような供述をしたこと自体信用できないことは既に述べたとおりである。
したがって、トヨの「私は死んで家を持っていくわけではないから、お金のほうを貰う。」と述べたことは十分認められ、そうである以上、本件売買における買主は、トヨと控訴人であり、その後トヨと控訴人との間で共有物分割の合意があったことは明らかである。
(五) 以上のとおり、原判決は、本件売買の買主が誰であるかを判断する前提となる重要な事実について、多くの事実誤認を犯している。
本件は、千代松の生前からの長い経緯に関する正しい事実認識に基づいて判断すれば、たとえ本件売買の買主名義がトヨ単独であっても、実際にはトヨと控訴人とが共同で本件不動産を購入し、その後、共有物分割の合意がされたと認定すべき特段の事情があるというべきである。
2 原判決の法律解釈の誤り
(一) 行政処分の適否の判断基準時について
原判決は、行政処分に対する司法判断の事後審査性という基本的性格から、行政処分の適否の判断基準時について単純に処分時説を採用しているが、このような短絡的な判断は相当ではない。
この問題は、具体的事案における法律又は事実状態の変動の態様等に応じて個別に考察すべきものである。そして、処分後に生じた事情であっても、それが遡及的な効果を有し、これによって当該行政処分時の事実状態を変更せしめる場合には、原則論によらない特段の配慮が必要というべきであり、判決時を基準に違法性を判断するのが妥当である。
本件においても、控訴人が平成九年六月六日の原審第四回口頭弁論期日において被控訴人に対してした時効援用の意思表示及び同年七月一〇日到達の書面によって控訴人以外の子供達に対してした時効援用の意思表示は、いずれも本件課税処分後に生じた事情ではあるが、右援用の意思表示によって、本件不動産は控訴人の占有開始時に遡ってトヨの所有物ではなくなり、トヨの遺産ではなくなるのであるから、本件不動産がトヨの遺産に属するとしてした本件課税処分も遡って違法となると解するべきである。
(二) 時効の効果としての権利の得喪及び変更について
原判決は、時効の効果としての権利の得喪及び変更について、時効期間の経過により確定的に生ずるのではなく、時効利益享受の意思表示たる援用をまって確定的に生ずると判示する。
これは、昭和六一年三月一七日の最高裁判決(民集四〇巻二号四〇二頁)をそのまま引用したにすぎないところ、右判例は、消滅時効に関するものである上、農地の買主が売主に対して有する県知事に対する許可申請協力請求権が問題とされた特殊な事例についてのものであるから、これをもって、時効一般に関して全面的に判例変更したと解するのは早計であり、一般的な取得時効に関する最高裁の解釈はいまなお確定効果説であると解するのが合理的である。安易に右判例を踏襲して漫然と不確定効果説を採用した原判決は拙速の誹りを免れない。
本件において、控訴人は、昭和四三年七月六日(本件売買代金支払日)又は昭和五一年七月(調停申立時)以来、現在に至るまで、所有の意思をもって本件不動産の占有を継続しているのであるから、一〇年後である<1>昭和五三年七月六日若しくは<2>昭和六一年七月末日、又は二〇年後である<3>昭和六三年七月六日若しくは<4>平成八年七月末日の経過をもって、確定的に、占有開始時に遡って本件不動産の所有権を取得したと解すべきである。
(三) よって、少なくとも、前項<1>ないし<3>の場合、トヨの死亡時に、本件不動産の所有権は既に完全に控訴人が有していたということができるから、本件不動産をトヨの遺産であるとしてした本件課税処分は違法であり、取り消されるべきである。
3 予備的主張(当審における新主張)
仮に、本件相続税決定処分が適法であるとしても、少なくとも本件無申告加算税賦課決定処分は違法であり、取り消されるべきである。
国税通則法六六条一項ただし書は、申告納税方式により納付の確定することになる国税に関し、期限内申告書の提出がなかったことについて正当な理由があると認められる場合には、無申告加算税は賦課されないとしている。そして、右正当な理由とは、無申告加算税を課すことが納税者にとって不当又は酷となるような真にやむを得ない事情をいうものと解される。
本件において、控訴人は、トヨの相続開始当時、本件不動産を自己の固有財産であると信じ、トヨの遺産であるとの認識を全く有していなかったのである。すなわち、控訴人は、本件不動産を占有の当初から自己の所有物と信じて占有を開始し、相続開始までに約二〇年間にわたりその占有を継続してきたもので、その登記済権利証も保管し、建物の修繕費や火災保険料も負担していた上、昭和五一年にトヨを相手方とする調停を申し立て、本件不動産が自己の所有物である旨の意思表示を明確にしていたものであるから、控訴人が本件不動産を自己の固有財産であると誤認したとしても真にやむを得ないものであったといえる。
そして、本件不動産以外のトヨの遺産は、預金二〇万六八四二円及び控訴人の預り金七〇〇万円余のみの、その基礎控除額である八八〇〇万円には遠く及ばないものであったから、控訴人が相続税の申告をしなかったことについては、右正当な理由があったというべきである。
よって、本件無申告加算税賦課処分は違法である。
二 当審における被控訴人の主張
1 控訴人の主張1、2について
いずれも争う。
2 控訴人の予備的主張について
(一) 無申告加算税について、国税通則法六六条一項ただし書にいう正当な理由とは、<1>税法の解釈に関して、申告当時に公表されていた見解が、その後改変されたことに伴い、修正申告をし、又は更正を受けるに至った場合、<2>災害又は盗難等に関し、申告当時に損失とすることを相当としたものが、その後予期しなかった保険金、損害賠償金等の支払を受け、又は盗難品の返還を受ける等のため、修正申告をし、又は更正を受けるに至った場合、<3>その他真にやむを得ない理由があると認められる場合をいうと解されている。
すなわち、無申告加算税は、申告納税制度を維持するためには、納税者により期限内に適正な申告が自主的にされることが不可欠であることに鑑みて、申告書の提出が期限内にされなかった場合の行政上の制裁として課されるものであるから、国税通則法六六条一項ただし書にいう正当な理由とは、期限内に申告ができなかったことについて納税者に責められる事由がなく、このような制裁を課することが不当と考えられる事情のある場合をいうものと解すべきである。したがって、納税者の法の不知や法令解釈の誤解により期限内申告書の提出がなかったというような事情は、例えば、税法の解釈について期限内申告書を提出すべき当時国税当局から公表されていた見解がその後に変更された場合や、税務職員の誤った指導に従った場合などを除いて、右の正当な理由がある場合に当たらない。
(二) 過少申告加算税についての、同法六五条四項にいう正当な理由についても、同様に解されている。したがって、相続税法二条一項にいう「相続又は遺贈に因り取得した財産」に該当すると認められる不動産があって、納税者がこれを申告すべきであった場合において、たとえ納税者が右不動産は所有権の帰属について別件訴訟で係争中であるから申告すべき義務を負わないものと誤解したとしても、そのような事情は、納税者が法令解釈を誤解したことによるものにすぎず、右事情をもって右正当な理由に当たるということはできない。
また、株式が他の相続人から自己の固有財産であると主張され、これが相続財産か否かについて家事調停で争われていた場合において、納税者が右株式を被相続人の遺産として申告せず相続税の計算の基礎としなかったことについては正当な理由があるとはいえない。けだし、右株式を被相続人の遺産として申告して、万一後にそれが遺産でないことが判決で確定した場合は、国税通則法二三条二項一号により更正の請求ができるのであるから、このように解したとしても何ら納税者に酷になるとはいえないからである。
(三) 本件において、本件不動産については、本件売買による所有権移転登記がトヨを所有者としてされ、トヨの死亡まで変更されていないこと、本件売買の代金がトヨ名義の預金口座から支払われていること、トヨも本件売買の後、本件不動産に居住していることから、本件不動産の買主はトヨであったと認められる。その後、トヨと控訴人の合意により、本件不動産が控訴人の所有に帰したとの、本件共有物分割合意、本件持分贈与及び本件不動産贈与については、これを認めるに足りる証拠もない。さらに、本件不動産に控訴人とトヨが同居していた当時、トヨは控訴人の同意を得ることなく松江の長男及び長女を引き取って本件建物の二階で別所帯を営んでいたこと、別件調停が不調となっても、控訴人はトヨを相手方として他の法的手段に訴えることもなく、それをそのまま放置していたこと、トヨが館林に行き控訴人と別居した後は、本件不動産の固定資産税の納税通知書が館林に居住するトヨに送付され同人が納付していたことからすれば、本件不動産を所有していたのはトヨであったと認められ、かつ、本件不動産の購入時又は別件調停の申立時において、控訴人が所有の意思をもって占有を開始したことを認めるに足りる客観的外形的事実はない。
以上によれば、そもそも、控訴人が本件不動産を所有の意思をもって占有していたと認めることはできず、これを自己の所有物と信じた旨の主張は理由がない。
仮に、控訴人において本件不動産が自己の所有であると信じていたとしても、本件不動産について相続開始以前からトヨや他の相続人らとの間で帰属を巡る争いがあり、本件不動産を控訴人固有の財産である旨誤信して、相続税の申告をしなかったからといって、国税通則法六六条一項ただし書にいう正当な理由があると認められる場合に当たらないことは明らかである。
第三証拠関係
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
第四当裁判所の判断
一 当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がなく棄却すべきものと判断するが、その理由は、以下のとおり、当審における控訴人の主張に対する判断を付加するほかは、原判決「事実及び理由」の「第三 争点に対する判断」のとおりであるから、これを引用する。
(当審における控訴人の主張に対する判断)
1 控訴人の主張1について
控訴人は、原判決の事実認定には誤りがある旨るる主張するが、原判決掲記の各証拠によれば、原判決の認定するとおりの各事実が認められるのであって、何ら事実誤認はなく、その認定判断は相当というべきである。
2 控訴人の主張2について
控訴人は、<1>行政処分の適否の判断基準時について、処分後に生じた事情であっても、それが遡及的な効果を有し、これによって当該行政処分時の事実状態を変更せしめる場合には、判決時を基準に違法性を判断するのが妥当である、<2>時効の効果としての権利の得喪及び変更について、時効期間の経過により確定的に生ずると解するべきである、とし、これらの点についての原判決の法令解釈は誤りであると主張するが、いずれも独自の見解であって、採用できない。これらの点についての原判決の判断は相当というべきである。
3 控訴人の主張3について
控訴人は、トヨの相続開始当時、本件不動産を自己の所有物と信じて、既に長年占有を継続していたものであり、控訴人が本件不動産を自己の固有財産であると誤認したとしても真にやむを得ないものであったといえるから、このような控訴人が相続税申告をしなかったとしても、国税通則法六六条一項ただし書にいう正当な理由があるというべきであって、本件無申告加算税賦課決定処分は違法であると主張する。
そこで、検討するに、無申告加算税は、申告納税制度を維持するためには、納税者により期限内に適正な申告が自主的にされることが不可欠であることに鑑みて、申告書の提出が期限内にされなかった場合の行政上の制裁として課されるものであるから、国税通則法六六条一項ただし書にいう正当な理由とは、期限内に申告ができなかったことについて納税者に責められる事由がなく、このような制裁を課することが不当と考えられる事情のある場合をいうものと解すべきである。
本件においてこれを見るに、控訴人が主張するような、トヨと控訴人による本件不動産の共同購入、本件共有物分割合意、本件持分贈与あるいは本件不動産贈与の事実が認められないことは原判決の認定したとおりである。
また、右のとおりとすれば、本件不動産の購入時に控訴人が所有の意思をもって占有を開始したことを認めるに足りる客観的外形的事実はないということとなるし、控訴人が別件調停を申し立てたものの、これが不調となった後もトヨを相手方として他の法的手段に訴えることもなく放置していたことは、原判決の認定するとおりであるから、別件調停の申立時において控訴人が所有の意思をもって本件不動産の占有を開始したと認めることも困難である。したがって、控訴人の主張する取得時効の事実も、所有の意思を欠くため、認め難いというべきである。
右事実によれば、控訴人が、トヨの相続開始当時、本件不動産を自己の所有物と信じていたとは認め難いし、仮に控訴人がそのように誤信していたとしても、そのように誤信したことがやむを得なかったともいい難く、このほかに、やむを得なかったことを窺わせるような事情を認めるに足りる証拠もないから、控訴人が相続税の申告をしなかったことにつき、国税通則法六六条一項ただし書にいう正当な理由があるということはできない(なお、控訴人が本件不動産をトヨの遺産として申告して、万一後にそれが遺産でないことが判決で確定した場合は、国税通則法二三条二項一号により更正の請求ができるのであるから、このように解したとしても、何ら控訴人に酷になるとはいえない。)。
よって、控訴人の右主張は採用できない。
二 よって、本件控訴は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 矢崎秀一 裁判官 西田美昭 裁判官 筏津順子)